電子楽器ファンの間で、最近最も話題になっているトピックの一つがRoland AIRAシリーズの発表だろう。

アナログ期における同社の名機達のサウンドを、デジタル技術で徹底的に追求したという同シリーズ。最近、アナログ〜!!モジュラ〜!!と騒いでいる私が言うのも何だが、実は「リアルアナログ」でない点についてはそれ程大した問題とは思っていない。TR、TB系の再現を目指したリアルアナログのハードは世界中で様々なメーカーが出しており、本家Rolandが例えアナログで出してもそのワンオブゼムになってしまう可能性も大きい。

以前書いたように最近のKORGのアナログハードを全部買っている程その方面が好きな筆者だが、やはり一番の関心所は出音の面白さだ。最終決定はじっくり触ってからだが、特にSYSTEM-1は是非購入しようと思っている。出音に関しての安心感の根拠は、やはりサウンドがサンプリングレート96KHzで処理されている点だ。以前の記事で書いた通り、デジタルシンセはハイサンプルレートで動作させると、特にモジュレーション結果が「なんとなく」ではなく「全然」変わってしまうのだ。

多くのデジタルシンセには、複雑なモジュレーションを行った時のキレや突き抜け感に物足りなさを感じていたが、ハイサンプルレートで、今の時代のDSPパワーを駆使したAIRAシリーズの挙動が今から楽しみだ。

ただし、一つ非常に残念な点がある。そうしたハイパワーな処理も、あくまで個々のハードの「箱の中」だけでしか使えず、他の機器と連動できないことだ。正確に言えば、もちろんMIDIを使えば同期や演奏情報の送受信はもちろん可能だ。しかし、MIDIという規格は、AIRAのようなハイレゾリューションのデジタルシンセや、アナログシンセをコントロールするにはあまりに精度が粗い。

MIDI規格が制定されたのが1982〜3年のこと。デジタルの信号規格で、30年以上前のものが未だに現役なのは、分野の垣根をとりはらっても非常に稀有なことだ。接続はMIDIケーブルからUSBが中心になっても、基本的に流れている信号は同じものだ。

AIRAクラスの音源のポテンシャルを活かすには、アナログのCVに見劣りしないレベルのレゾリューションを持ったコントロール信号が必要だと筆者は考える。そしてそのコントロール信号で機器やソフト同士を結べば、デジタルシンセの世界はまた一歩上の領域に進むことができるはずだ。

ところで、MIDI規格の制定時にRolandが中心的な役割を果たしていたのをご存知だろうか?Roland創業者の梯郁太郎氏は、MIDI規格の制定への貢献が評価され、同じく大きな役割を果たしたデイブ・スミス氏(Prophet-5等を開発したシンセ界の重鎮)と共にテクニカル・グラミー・アワードを受賞している(個人としては日本人初)。

うちのスタジオには、梯氏の自伝「ライフワークは音楽」が置いてあり、度々読み返している。写真で、何故かRolandの前身AceToneのリズムボックスに本が乗っているのはご愛嬌。

この本の表紙にぐぐっとズームしていくと、こんな事が書いてある。

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「電子楽器が誕生して、初めて楽器が外の世界と“コミュニケート=お話”できるようになった。」

この一文を読むと、シーケンサーMC-8でアナログシンセの自動演奏表現を大幅に拡大し、MIDIという「楽器同士の言語」の制定に寄与したRolandの経歴とピッタリあてはまる感じだ。

デジタル機器の精度や処理速度が劇的に向上した現在には、それに見合った楽器同士の「新しい言語」が必要だ。私としては、是非AIRAの内部世界を外部に開放するのを皮切りに、Rolandに推進役になって貰いたいと期待している。

現在、この「新言語」に最も近いと私が感じているのが、Propellerhead ReasonのRack Extentionだ。

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ReasonのRack Extensionは、VSTやAUのようなプラグイン規格と誤解している人も多いようだが、基本的にMIDIとオーディオ+α(DAW内のオートメーション等)しか扱えないプラグイン類とは根本的な思想が違う。Reasonの内部では、アナログシンセのCVを模したコントロール信号を自在にパッチングすることが可能で、複数のバーチャル機器(Rack Extention)を複雑に相互接続しての使用が可能なのだ。

Reasonからはオマケ技的なレベルでオーディオインターフェースからアナログのCVを出力することができるが、残念ながらReason外のソフトやハードと相互の入出力はできない(MIDI信号に変換すれば可能だが、せっかくの精度や自由度が大幅に落ちてしまう)。

こうしたソフト内での信号と、高精度のデジタル信号、アナログのCV、従来のMIDIを自由に相互変換できるプロトコルのようなものがあると、大げさではなく電子楽器のあり方がガラッと変わっていくだろう。高精度のコントロール信号があれば、例えばVOCALOIDなどの表現にもかなり面白い使い方ができるはずだ。

Propellerheadの日本代理店はKORGなのでRoland&Reasonのようなコラボは可能性が薄いと思うが、メーカーの枠を超えた高精度のデジタルコントロール信号規格の出現は、多数のメーカーとユーザーにとって大きなメリットがあるはずだ。

アナログ再興とは違うアプローチを選択したRolandには、是非Rolandにしかできない形で電子楽器界の発展にさらなる貢献を期待したい。