アナログの利点の再現を目指したデジタルツールの一つが「VA(バーチャルアナログ)」と呼ばれる、アナログシンセの挙動や操作性をDSP(音声処理用のプロセッサ)で再現したデジタルシンセだ。代表的なのが、スウェーデンのCLAVIA社が発売したNord Leadシリーズ。日本メーカーからも、RolandのJP-8000、YAMAHAのAN1x、KORGのMS2000といった機種がリリースされ、人気を集めた。

そしてもう一つ、パソコンとインターネットが爆発的に普及する1990年代を象徴するようなテクノロジーが、パソコン上で動作する「ソフトウェア・シンセサイザー」だ。

一つ面白い事例をご紹介しよう。前項で出てきた303クローンの数々は、シンセとしては面白いものが多かったが、どの機種も必ずしもTB-303のサウンドを十分に再現しているとは言えなかった。

そんな中、スウェーデンのPropellerheads社から「Rebirth RB-338」というソフトがリリースされた。これは、TB-303と、同じくRolandのTR-808(後に909も)というリズムマシンのサウンドを再現したというシロモノ。

筆者はその情報を聞き、当時(1997年頃)まだ低速だったインターネットで、一晩かけてデモ版をダウンロードし、朝一でインストールして試してみた。

その出音は驚愕の一言。他のどの303クローンよりも、TB-303の特徴を捉えていたのだ。

以後、シンセサイザーやエフェクターの「ソフト化」の大波が押し寄せる。名機と呼ばれたシンセサイザーをシミュレートしたソフトも次々と登場し、一大ブームの様相を呈した。とりわけ印象的だったのは、フランスのArturiaが2003年にリリースしたMoog ModularV。アナログシンセサイザーの象徴のような存在であるMoogの巨大モジュラーシステムが、結線まで含めてパソコンの画面上に再現された様子は、ソフト全盛の時代を高らかに告げるファンファーレのようにさえ感じられた。

日本ではKORGが、往年のアナログ自社製品「MS-20」「Polysix」などのソフト版を発売。「本家」がソフト版をリリースするに至って、いよいよソフトシンセの勢いは極まったように感じられた。同時に、ハードウェアのシンセはその地位のかなり大きな部分をソフトに奪われてしまい、楽器メーカーの景気は芳しいものとは言えなかった。

破竹の勢いだったソフトシンセだが、他のジャンル同様におびただしい数のフリーウェアがネット上に溢れ、製品にも大きなデフレの波が押し寄せた。同時に、音質・機能の向上や「あの◯◯を復活!」といったネタもだんだん尽きてきて、2000年代の半ばには既に一定の飽和感が見え隠れしていた。

当初、ソフトシンセは1本数万円程度で販売される製品が多かった。内容を考えるとこれだけでも、ハードウェアと比較して驚異的な低価格なのだが、それでも供給過多による相対的な価値低下は避けられなかった。フリーウェアやDAW(音楽制作の中心となるワークステーションソフト)の標準付属品だけでもかなり充実した内容が揃うようになり、ソフトシンセメーカーはいくつもの製品をまとめたバンドル版を、かつての1本分のような価格で売るような状況となってしまった。

こうして電子楽器市場は「勝ち組不在」のような状況となったが、そこにまた電子デバイスを使った音楽表現の新しいトレンドが台頭する。2007年のVOCALOID2・初音ミク発売がきっかけとなったVOCALOIDブームである。

(第4回に続く)