レコーディング界隈において、デジタルレコーディングやCDリリースによる「安定した音質」が定着した1990年代に、それと逆行するように広まったのが「ローファイ」という概念だ。

オーディオはその登場以来、周波数特性やダイナミックレンジの拡大・保持、ノイズの低減が日々推進され、1980年代には非常に「ハイファイ」な音源を作るノウハウが確立された。しかし、90年代の特にヒップホップやテクノなどのジャンルではサウンドに対する「汚し」が大きなファクターとなり、「ローファイ化」のテクニックは一時的なカウンターではなく、今やサウンド表現の「基本の一つ」として定着した。

例えばE-mu SP-1200というサンプラーは、サンプリング周波数が26.040kHz、量子化ビット数が12bitと、CDにも全く及ばないスペックしかなく、録音したサウンドはザラザラの質感に大きく変化してしまう。しかし、その音質変化が「クール」だと特にヒップホップ方面で大きな人気を呼び、高額なプレミアの付いたヴィンテージ機材となっている。
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こうした「汚し」を「単なる劣化」にしないためには、ハイファイな処理以上に微妙なニュアンスへの気遣いが重要となる。汚しが、クリエイターの意図した形のままでリスナーに届いてこそ、ローファイ表現の本当の意味が成立するのだ。

そんなローファイ表現にとって最大限の武器となるのが、一見対立概念であるような「ハイレゾ」フォーマットではないだろうか、と私は考える。

ハイレゾはそれ自体が「良い音」のフォーマットというわけではなく、情報量の多さに起因する「元ソースのニュアンスを正確に記録できる」面が最大の魅力だ。ローファイ表現の作品は、ハイレゾフォーマットの中に入れてこそ、一番正確な形でリスナーに届けられるのだ。

一つ面白い例を「視覚」でご覧いただこう。録音に使うのは1983年に発売された初代ファミコン。ファミコンの音源チップは、ローファイ文化の一形態である「チップチューン」などで現在でも多用されている。

この機体は、オリジナルには無かったコンポジットビデオ出力とオーディオのライン出力を増設する改造が施されたもの。ファミコン内蔵の音源チップのサウンドを直に録音することが可能となっている。
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この初代ファミコンのサウンドを、サンプリング周波数192KHzで録音し、Adobe Auditionでスペクトル表示した結果がこちら。なんとファミコンの音源チップからの出力には、人間の可聴域をはるかに超える成分が含まれている。混入するノイズも含め、ハイレートで録音した音源はファミコン実機のニュアンスが色濃く出ている。
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それでは試みに、初代ファミコンのゲームをほぼ「完璧な」形でエミュレーションしているWiiのバーチャルコンソール上で動くファミコンゲームからもサウンドを録音してみよう。するとこちらは、Wii本体のDSP演算やDAコンバーターの処理の切れ目、大体17〜8KHzから上はノイズ以外バッサリ無くなっているのがわかる。
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ローファイの代表格の一つ(という表現に異論はあるかもしれないが)であるファミコン音源も、エミュレーションではその内容を完全に再現できず、さらにニュアンスを「正確に」記録するにはハイレゾフォーマットが大きく意味を持つと言えるだろう。

ところで、この可聴域外の成分ってゲームへの熱中度に何か影響は出ないのだろうか?もし研究の結果何がしかのポジティブな結果が出たら「任天堂次世代機には初代ファミコン音源チップ内蔵!」…とはならなくとも、ゲームサウンドのハイレゾ処理に関心が集まるかもしれない。