VOCALOIDブームは、電子楽器界隈に多くの新しいユーザーを呼び込んだ。しかし、かつては最低でも数万円、一応の形にするには数十万円の機材を購入する必要があったのが、VOCALOIDの音源以外は全てフリーソフトか、何本かの廉価なソフトで済ませてしまうユーザーが増え、決して電子楽器市場の活性化に直結はしなかった。また、あくまで「VOCALOIDのファン」が増えたのが実際の所で、電子楽器の裾野が以前より広がったとも言えない状況だった。

2000年代終盤は、もう一つ重要な電子デバイスが登場する。AppleのiPhone・iPadを中心とした、スマホ/タブレットと、そのアプリ市場の出現だ。スマホ/タブレット向けには、ディスプレイのタッチ操作による電子楽器アプリが次々とリリースされ、新しい演奏感覚と入手のしやすさが反響を呼んだ。「手詰まり」だった各メーカーも、アプリや、スマホ/タブレットとの連携を売りにした製品を次々と発売した。

2014年現在、スマホ/タブレットはこの先も可能性を秘めてはいるが、オーディオ的な性能としてはパソコン向けソフトより後退した部分もあり、また他の分野同様にAppleやGoogleといったプラットフォーム供給側の作ったエコシステムの中から出られないというジレンマを抱えているもの事実だ。

そんな中、日本における初音ミクやiPhoneのブレイクと同じ2008年に、静かに話題を集めている商品があった。学研が発売している「大人の科学」シリーズの別冊「シンセサイザークロニクル」である。この「本」は、なんと純粋なアナログ回路で作られたシンセサイザー「SX-150」が付録についていた。シンプルな構成ながら、デジタルシンセやソフトウェアとは違うアナログの味わいを持つサウンドが出せ、改造まで含めてそこそこのブームとなった。

90年代前半以来久しぶりに、「アナログの音を再現」ではなく、「本物のアナログシンセ」が大きくクローズアップされたのだ。

また海外では、また少し違った潮流が生まれていた。1990年代にDoepferがリリースしたモジュラーシンセの規格「ユーロラック」に準拠したモジュールをリリースする、ガレージメーカーを中心とした制作元がアメリカたヨーロッパを中心にしてどんどん増加していったのだ。モジュールはフル仕様のシンセよりも開発しやすいため、アナログシンセに独自のアイデアを持つベンダーが、ユニークなモジュールを次々と実体化していったのだ。

アナログシンセへの注目が高まる中、KORGがガジェット的なアナログシンセ「monotron」や、アナログのリズムマシンとシーケンサーを内蔵した「monotribe」といった製品をリリース。大手メーカーによる久々のアナログシンセのリリースにより、盛り上がりの機運はますます高まっていった。

そして2012年。アナログ新時代の到来を告げるような、象徴的な製品が発売される。Moog ModularVなどハードウェアのソフト化を得意としていたArturiaから、ハードウェアのアナログシンセ「MiniBrute」が発売されたのだ。ソフトウェア全盛期への道筋を決定づけた企業のアナログシンセリリースは大きなインパクトを持って迎えられた。

続く2013年初頭、KORGは往年の自社製アナログシンセMS-20をダウンサイジングの上完全復刻した「MS-20 mini」を発表。自身でアナログ資産をソフト化したことが話題を呼んだKORGだが、今度は実機そのものを復活させ、眠っていた技術の次世代への継承にもつなげたのだ。

これらをきっかけに電子楽器シーン全体が、これまでに無い勢いでアナログへの再注目を行っているのが、2014年初頭の状況だ。これまでのアナログリバイバルは「再評価〜ビンテージ機器のプレミア化」がメインだったが、今回は明確に「温故知新」、良さを再認識した上で、楽器としてのアナログシンセサイザーを新しい領域に進めようという潮流が生まれている。

アナログシンセ、デジタルのハードウェアシンセ、パソコンのソフトシンセ、スマホ/タブレットアプリは、各々が違った魅力を持っており、全てが同時に存在しながら進化すべきものだ。中でもアナログシンセは、録音デバイスの進化により、以前の全盛期には録音しきれなかった領域まで収録できるようになり、新しい次元の作品作りが大きく期待できるツールだ。

「懐かしアイテム」ではなく、大きなポテンシャルを秘めた表現のためのツールである新世代アナログシンセは、2010年代中期の音楽シーンに大きな影響を及ぼして行くことだろう。

(完)